憎まれっ子、世に憚る!父親の仇討ちで新選組に入隊した三浦啓之助の生涯を追う【上】 (3/4ページ)

Japaaan

勝海舟。Wikipediaより。

「おぃ恪二郎……いや啓之助。大丈夫かい?いくら仇討ちだからって、何もつるむに事欠いて攘夷派の新選組てなぁ、親爺と思想的に真逆じゃねぇかよ」

同じ頃、京都所司代を務めていた桑名藩主・松平定敬(まつだいら さだあき)も、松代藩主に対して象山の死による佐久間家の断絶処分を見直し、啓之助を国元へ呼び戻すよう打診しています。それだけ心配されていたのでしょう。

また、新選組の内部でも(啓之助が象山の息子である)事情を知っている副長の土方歳三(ひじかた としぞう)や一番組長の沖田総司(おきた そうじ)らが、啓之助の父親譲りの性格で上手くやっていけるか心配しており、実際に啓之助は傲慢な言動で周囲の反感を買っていたようです。

「お前らなど、しょせん剣術や腕っぷしばかりの乱暴者……新しい日本国の未来は、剣術ではなく頭脳で切り拓くものさ……」

だったらその頭脳とやらで父親の仇を討ってみろ!……と言いたいところですが、局長である近藤勇が啓之助をことに可愛がるものですから、滅多な手出しは出来ません。

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