憎まれっ子、世に憚る!父親の仇討ちで新選組に入隊した三浦啓之助の生涯を追う【上】 (4/4ページ)
「まったく、近藤さんは器が大きすぎると言うか、人が好過ぎると言うか……」
そんな啓之助の素行がより悪化したのは、慶応元1865年に入隊した諸士取調役兼監察の芦谷昇(あしや のぼる)とつるみ出したのがキッカケのようです。
こりゃどう見ても、父親の仇討ちなんて忘れている……あまりの乱暴狼藉にとうとう愛想を尽かした土方は、啓之助を呼び出して松代に帰藩するよう説得しています。
「だめだこりゃ」啓之助に愛想を尽かした土方歳三(イメージ)
「啓之助殿。御父上の仇である河上彦斎も、今や京都を離れて長州に身を投じた様子……ここは一度、帰郷して様子を見てはどうだろうか」
しかし啓之助は「松代の片田舎に帰ったところで面白くない」とでも思ったか、これを拒絶。近藤局長のお気に入り、そして佐久間象山の息子でなければ、さっさと「士道不覚悟」でも何でも理由をこじつけて切腹させてやりたいところですが、そうもいかない土方歳三は、頭を抱え続けることになったのでした。
【続く】
※参考文献:
前田政記『新選組 全隊士 徹底ガイド』河出文庫、平成十六2004年1月
新人物往来社『新選組大人名辞典(下)』新人物往来社、平成十三2001年2月
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