憎まれっ子、世に憚る!父親の仇討ちで新選組に入隊した三浦啓之助の生涯を追う【上】 (2/4ページ)
Wikipediaより。
(※ちなみに、彦斎は元から象山を斬る予定ではなかったものの、「汚らわしい西洋の鞍を載せた馬で神聖な京都の地を闊歩していたから」というかなり過激な動機による場当たり的な犯行だったそうです)
正式な後継ぎを定めていなかったため、佐久間家は断絶。悲しみに暮れる恪二郎を奮い立たせようと、象山の弟子であった山本覚馬(やまもと かくま)が仇討ちを勧めますが、なにぶん相手は泣く子も黙る「人斬り彦斎」とあって、なかなか決心がつきません。
そこでとりあえず、剣客集団として知られた新選組に入隊すれば、もしかしたら助太刀くらいは恃めるかも知れない……と思ったかどうかはともかく、恪二郎は屯所の門を叩きました。
「似合うかい?」新選組に入隊した恪二郎(イメージ)。
攘夷派が多い新選組の中で、開国派であった佐久間象山の息子だとあまり知られたくない事情から、名字を義母(勝海舟の妹・順)の「三浦」に変え、名前も父親の諱(いみな。本名)である啓(ひらき)を冠して「啓之助」と改め、ここに恪二郎は三浦啓之助となったのでした。
周囲の懸念もどこ吹く風……頭を抱える土方歳三「お父上の仇討ちとは誠に孝心の至り……よろしい!この近藤勇、喜んで啓之助殿に御助力致そう!」
事情を聴いた新選組の局長・近藤勇(こんどう いさみ)は、啓之助の心意気に打たれて彼の入隊を大歓迎。さっそく側近の一人に加え、平隊士でありながら何かにつけて優遇したそうです。
しかし、これを憂慮したのが啓之助の義伯父に当たる勝海舟(かつ かいしゅう)。