巨人・原監督追い出しクーデター! 松井秀喜が高橋由伸と誓った「鋼の密約」 (2/4ページ)
「こうした選手たちは、高橋由伸監督時代に力をつけてきた面々です。原監督は15年シーズン終了後に勇退しましたが、本当は監督を続けるつもりだったといいます。ところが、週刊誌で“愛人1億円恐喝事件”が報じられたため、コンプライアンスを重視した球団によってクビにされたんです」(球界関係者)
本当は勇退したくなかった原監督。その理由はチーム力の衰えにあった。「15年シーズンを率いた原監督は、ペナント中、戦力の衰えを痛感していたんです。それで、“このままのチーム状態で後任に託すと、後任が苦労することになる”と、続投を希望していたわけです」(前同) その願いはかなわず。原続投の線が消えた瞬間、球団は、すぐさま“ポスト原”に動き高橋由伸氏を本社に呼び出した。
「ちょうどその頃、由伸は仲がよかったチームメイトの井端弘和と、オフの自主トレの場所選びをしていたといいます。つまり、引退して監督をやる気なんてサラサラなかったわけです。それが、いきなり“どうしても監督をやってほしい”と言われたわけですから、面食らったでしょう。球団は由伸に、“3日間、考えてくれ”と、言い放ったそうです」(スポーツ紙デスク)
現役に未練はあったが、球団の頼みを断れなかった由伸氏。就任後は、前任の原監督が危惧していた通り、チーム力の低下に苦労することになる。「自主トレを約束していた井端も由伸の要望で現役を引退、コーチに就任していましたが、事実上の参謀として由伸が信頼していたのは、井端でしたね」(前同)
■球団の手のひら返しに原は?
かくして、由伸巨人が誕生したが、3年間で2位、4位、3位と優勝することはできなかった。
「“由伸じゃ勝てない”と判断した球団は、結局、手のひら返しをして原さんを呼び戻します。