決死の作戦と兄弟愛!天下一の強弓・源為朝が唯一倒せなかった大庭景義の武勇伝【上】 (2/4ページ)
八人張り(※2)の強弓を軽々と引く怪力と、右腕より四寸(約13センチ)も長い左腕を併せ持った「弓矢の申し子」。自慢の腕前を発揮して、後白河天皇方の武者雑兵らを次々と射止めていきます。
あまりの弓勢(ゆんぜい。矢の勢い)に恐れをなす者も続出、攻めあぐねる中、しびれを切らした義朝が、平太と三郎を叱咤します。
「その方(ほう)ら、ここが命の張り時ぞ!坂東武者の意気地を見せよ、いざ攻めこめ!駆け込め!」
【原文】「相模の若党、何(いつ)の料(りょう)に命を可惜(おしむべき)ぞ。責(せめ)よ責よ、蒐(かけ)よ蒐よ」
【意訳】「相模(現:神奈川県)の若武者たちよ。何のために命を惜しむのか。攻めよ、駆けよ」
※『保元物語』白河殿攻メ落ス事 より
ここで退いては坂東武者の名折れ……平太と三郎は馬に鞭を入れると、一気呵成に敵が降らせる矢の雨をかいくぐり、白河殿へと殴り込んだのでした。
(※1)原文ママ。
(※2)8人がかりでないと弦をかけられないほどの強い弓。
さて、白河殿へ突入した平太と三郎は、その音声(おんじょう)も高らかに名乗りを上げます。
「音にも聞食(きこしめす)らん。