江戸時代、遊女の最期は寺に投げ込まれていた?苦界に身を落とした遊女たちが眠る浄閑寺とは (3/3ページ)
それを「新吉原総霊塔」として、浄閑寺に眠る2万5千にも及ぶ魂を慰めているのです。
「新吉原総霊塔」の壁面には、「生きては苦界、死しては浄閑寺」という文字が刻まれています。この言葉は、川柳作家・花又花酔が読んだ句です。花又花酔は、浄閑寺を訪れては遊女たちの哀しい人生を偲んでいたのでしょうか。
昭和に入り、売春防止法が定められて吉原の歴史は終わりました。しかし、現在でも吉原はソープランドが並ぶ風俗街となっています。浄閑寺で眠っている遊女たちは、時代が巡っても変わらない街並みをどのように見つめているのでしょうね。
参考サイト:浄閑寺
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