弥次郎兵衛(やじろべゑ)人形の語源、実は「東海道中膝栗毛」の主人公から (3/3ページ)
延宝~元禄年間(1673~1704年)ごろ、摂津国(現:大阪府北西部と兵庫県南東部)で活躍していた大道芸人の名前で、怪力を活かして身体を張ったパフォーマンスや、滑稽な話芸で人気を博したことから、後に大道芸人全般を指すようになったそうです。
彼らの愉快な動きが釣合人形に通じるため、そのネーミングとして定着したのでしょう。
ちなみに豆蔵は家紋のデザインとしても取り入れられて「一つ豆蔵」「豆蔵の丸」「豆蔵菱」「丸に豆蔵桐」「一筆豆蔵」など、ユーモラスな意匠が現代に伝わっています。
終わりに弥次郎兵衛は支点に対するバランスさえとれれば、腕の本数や形状、錘の数など柔軟にアレンジできるため、昨今ではよりユニークなデザインの作品が創られています。
ゆく先々で繰り広げる滑稽な事件の数々。『東海道中膝栗毛』挿絵より。
あっちへフラフラ、こっちへヨロヨロ……どんなに危なっかしくても、決して倒れず立ち続ける姿は、たしかにいつもハラハラさせられる「弥次喜多(やじきた)道中」そのもの。
それでいてずっと見飽きず、不思議な安心感を覚えてしまう弥次郎兵衛は、時代と共に姿かたちを変えながら、これからも広く人々に親しまれることでしょう。
※参考文献:松村明監修『大辞泉』小学館、1995年11月
『改訂新版 世界大百科事典』平凡社、1998年3月
『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005年12月
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