江戸時代、庶民はどんなもので手や身体を洗っていたの?先人たちの知恵「ぬか袋」を紹介 (3/4ページ)

Japaaan

ウグイスのアレで、本当に綺麗になるのでしょうか…

しかし、豆の粉はともかくとして、安く手軽に調達できたであろう米ぬかを差しおいて、あえて鶯の糞を選ぶというのは、よほど肌の張りや艶などが違ったのかも知れませんが、美にかける女性たちの執念すら感じてしまいます(男性は、たぶんそこまでこだわらないでしょう)。

ちなみに布海苔は熱湯に溶かしてうどん粉に混ぜたものを洗髪料として用いたそうで、みどりなす黒髪を美しく保つため、この結論に至るまで、多くの女性たちによる試行錯誤が偲ばれます。

エピローグ

明治六1873年3月、横浜三吉町(現:神奈川県横浜市南区)で堤磯右衛門(つつみ いそゑもん)が日本で初めての石鹸製造所を創業。同年7月には洗濯石鹸、翌明治七1874年には化粧石鹸の製造に成功しました。

その後、海外にも輸出されるまでに発展、磯右衛門の死後は彼の弟子たちが花王や資生堂で石鹸事業を受け継ぎ、現代に至ります。

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