愛しているから束縛する、なんてことは本来ありえないことです。

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愛しているから束縛する、なんてことは本来ありえないことです。



こんにちは、あなたの恋愛をアップデートするコラムニスト、川口美樹です。

今回取り上げるテーマは「束縛」についてです。
恋人のことなのだからなんでも知っていて当然とばかりにスマホの中身を覗こうとする彼女、自分に自信がないばかりに他の男性と会話をするだけで嫉妬する彼氏。

いろんな束縛の形があると思いますが、中には束縛を「嬉しい」と感じている女性がいるようです。

■なぜ束縛されているのに嬉しいの?

束縛を感じて嬉しく思う人の心情としては、

・愛されていると感じるから・自分も好きな人に束縛してしまうので共感できる・必要とされて頼られている感じが嬉しい・逆に放置されても不安になる

といったものがあげられるようです。つまり、束縛している=自分のことが好き、という感情の裏返しだと思っているということですね。

しかし、愛しているからこそ束縛している、本当にそんなことがありうるのでしょうか?

私には、愛しているから相手のことを束縛する、という論理は前提から破綻しているようにしか思えないのです。

■愛しているから束縛するなんて、ありえない

愛しているということは、その人の存在そのものを肯定しているということです。その人がどんな考え方を持とうと、どんな行動を取ろうと、その全てを受け入れる。それが愛です。

一方束縛するということは、相手の考え方を否定し、相手の行動を制限しコントロールすることです。

この時点で、愛情と束縛は対極にあることがわかっていただけるのではないかと思います。

そう考えると束縛されて嬉しいと感じる人は、愛について何かを誤解しているのかもしれません。

■束縛されて嬉しいと感じる人が勘違いしていること

・頼られている?

いいえ、頼られているのではありません。あなた以外に自分のことを認めてくれる人がいないので、その埋まらない心をあなたで埋めようとしているだけです。

ですから自分が大事にされていないと感じた瞬間に怒り、あなたを攻撃しようとするはずです。

愛している人に対して頼る場合、相手の存在を全て肯定していますので、仮に自分の期待通りにならなかったとしても怒ることはありません。



・放置されているのは愛されていないから?いいえ、放置されているのは信用されているからです。愛情が深い相手ほど、相手のことは相手が決めることだと信じています。ですから自ら積極的に関わろうとして来ないのです。

逆に、相手のことに介入しようとする人ほど、相手のことを信用しておらず、同時に自分のことも信用できていない人だと言えます。



・自分も束縛してしまうから気持ちがわかる

以上のことからも、束縛しあってしあう者同士気持ちがわかるというのは、もっとも愛し合っていないカップルの言葉だということが分かっていただけるのではないかと思います。

何も「それは愛情とは言いませんから!残念!!(古)」否定したいのではありません。

束縛し合うことでお互いに満たされていると感じる関係に疑問を持ってほしいのです。

■まとめ

まとめます。

愛とは相手が何をしても無条件にそれを肯定することです。束縛とは愛とは真逆にある行為です。

もし、今まで束縛=愛情の裏返しだと思っていた人は、この記事を読んでちょっとでも心が揺らぐ感情があったのなら、愛というものへの認識を変えてみてほしいなと思います。

愛し合うということに束縛は一切起らない、ということが少しでも理解できるのではないかと思います。(川口美樹/ライター)

(ハウコレ編集部)

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