3ヶ月ものサバイバル生活!江戸時代のみかん商人・長右衛門の小笠原漂流記【一】 (1/2ページ)

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3ヶ月ものサバイバル生活!江戸時代のみかん商人・長右衛門の小笠原漂流記【一】

江戸時代の漂流者と言えば、ロシアの女帝に謁見した大黒屋光太夫(だいこくや こうだゆう)や、アメリカに渡ったジョン・マンこと中浜万次郎(なかはま まんじろう)が有名ですが、古くから海運が盛んな日本では、他にも数多くの漂流記が伝わっています。

紀州のみかん商人・長右衛門(イメージ)。

今回はそんな一人、紀州のみかん商人・長右衛門(ちょうゑもん)のエピソードを紹介したいと思います。

長右衛門、江戸に出航

長右衛門の生没年は不明ですが、出身は紀伊国藤代(現:和歌山県海南市藤白)と言われ、寛文九1669年11月15日、みかん商人(荷主)として江戸に出荷するみかんと共に同国宮崎(現:同県有田市宮崎)を出航しました。

この時、船に乗り組んでいたのは、船頭の勘左衛門(かんざゑもん)はじめ水夫が5名、そして長右衛門の合計7名。

船は紀伊半島をぐるりと回って志摩国安乗浦(現:三重県志摩市)でしばらく日和待ちのために約1か月半も滞在しますが、みかんが傷んでしまわないのでしょうか。

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