打算で付き合っててもいい。それが恋だ (2/2ページ)
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今夜はちょっと、恋の話をしよう
長く付き合っているカップルでも、ときに相手に嫉妬したり、相手のことを憎んでみたり、もう別れたいと思ってみたり、バレないように浮気したりなど、いろんなことを経験していることもあるのです。そういう愛のどこが100%ピュアで美しいのか?
打算的な恋愛に罪悪感を抱くことなく、むしろそれを楽しんでいる人が、人の心を知っている人だというのは、人の心の中にごくふつうにある「エグイ部分」を知っているということです。
エグイ部分から目をそらすことなく「まあ、自分も相手もおなじ人間なのだから、エグイ部分だってあるでしょう。エグイところがあるからといって、相手のことを嫌ったり不信に陥ったりするのは、自分のことも相手のことも否定することになるのだから、相手のエグイ部分が見えたからといって即座に別れるなんて判断をしないほうがいい」と思っている人です。
打算のない純粋な愛はプラトニックラブと呼ばれることもあるけれど、プラトニックラブのもともとの意味は、じつは「肉体から入って精神を愛しなさい」なんですよね。
肉体、つまり目に見える美しいものからまず入る、つまり「こんなに美しいものを自分のものにしたい」と打算的に思う、つまりエッチする。そのあとに精神的な愛を目指しなさいというのが、そもそもの意味なんです。が、今の日本は、打算抜きの100%純粋ピュアな愛のことをプラトニックラブだと誤解していますよね。
まずは肉体から・・・・・・というのは、打算から入ってもOKということ。大昔の人は打算から始まってしばらくの間、打算で付き合う恋愛を肯定していました。ただし、ゆくゆくは精神的なことも愛せるようになりなさいと言いました。
ゆくゆくは精神的なことを愛せるようになりなさいなんて、いちいち言わなくても、心の奥底では誰もがそう願っているでしょ?だから、ここでは打算で付き合ってもいい、とだけ言います。
打算で恋愛するのを否定するというのは、あなたの存在そのものをあなた自身が否定することになるので、それはやめたほうがいい。そんな哀しいことなんて、やる必要がないです。打算で付き合ってもいい、それが恋愛だ、と思っておくといいのです。そうやって、自分で自分の恋愛を肯定するところから、精神的に深遠な愛が始まるのだから。(ひとみしょう/作家)
『今夜はちょっと、恋の話をしよう』(ハウコレ編集部)