貞女は二夫にまみえず!陰謀から御家を守り抜いた戦国時代の女城主・清心尼(二) (3/4ページ)
兵は我らで調達いたす故、尼御台様は領地の立て直しにご専念召されよ」
「……叔父上がたの御忠節、末代まで忘れませぬ……!」
大阪冬の陣、両軍の陣立て(一部)。右下の黄色い丸が南部利直の軍勢。ここに、新田と中館が参陣。Wikipediaより。
新田も中館も、みな苦しい台所事情は同じながら、南部宗家に見くびられてなるものかという意地と、懸命に領民を慰撫する清心尼の姿に代々の忠義を新たにした両名は、果たして他家にも劣らぬ軍勢を率いて大阪に参陣。豊臣方との戦で武功を立て、見事に八戸氏の面目を施したのでした。
三日三晩の直談判で、直義の家督継承を認めさせるさて、大阪の陣も終わって豊臣政権は滅亡。徳川方に味方して武功を立て南部宗家も八戸氏も、徳川将軍家の覚えめでたく褒美に与ります。
しかし、八戸氏の跡取り問題は未解決のまま、清心尼は相変わらず所領の経営に奔走する日々を送っていました。
そんな中、清心尼の長女・福(さち)に南部利康(としやす。利直の四男)との縁談が持ちあがります。
たとえ家臣を婿養子に迎えるのは嫌だとしても、主君の子ならば否とは言えまい……そんな利直の目論見が透けて見えるアプローチですが、ここまでされては断ることもできません。