貞女は二夫にまみえず!陰謀から御家を守り抜いた戦国時代の女城主・清心尼(二) (2/4ページ)
しかし子子子は「貞女は二夫にまみえず」としてこれを辞退し、出家・剃髪して「清心尼(せいしんに)」と称します。
かくして次の跡取りが決まるまで、八戸氏第二十一代当主として父祖伝来の居城・根城(ねじょう。現:青森県八戸市根城)を預かることとなったのでした。
「大阪冬の陣」で示した主従の絆さて、亡き夫・直政に代わって御家を盛り立てるべく奔走する清心尼でしたが、家督の継承から半年も経たない慶長十九1614年11月、徳川幕府が豊臣秀頼を討つべく大阪に向けて進軍します。
これが後世にいう「大阪冬の陣」、主君・南部利直はいち早く徳川方に参陣しましたが、八戸氏を含む一族にも加勢するよう命じられます。
直政を失った領内の動揺がいまだ尾をひいており、戦費の調達も儘ならない清心尼は、困り果ててしまいました。
「兵を出せば領民は困窮する。かと言って、この天下の一大事に兵を出さねば『しょせん女子(おなご)に城主は務まらぬ』と内外より見限られてしまう……」
返答の刻限が迫る中、清心尼の元へ八戸氏宿老の新田政広(にいだ まさひろ。清心尼の又叔父)と中館勘兵衛政常(なかだて かんべゑまさつね)がやって来ます。
「尼御台様。此度の出陣、我らに陣代(じんだい。主君に代わって軍の指揮を執る役目)をお申し付け下され」
「天下の一大事もさりながら、今は御家も一大事。