貞女は二夫にまみえず!陰謀から御家を守り抜いた戦国時代の女城主・清心尼(三) (3/4ページ)
この一帯はかつて阿曽沼(あそぬま)一族が支配していましたが、豊臣秀吉による小田原攻め(天正十八1590年)に参加しなかったことで秀吉の怒りを買って改易(領地没収)され、南部藩に与えられました。
しかし、南部藩の圧政に対する阿曽沼一族はじめ土着勢力の抵抗が繰り返される不安定な政情が続いており、また、南方から仙台藩の伊達政宗が虎視眈々と北上の機会を狙っていました(※相次ぐ反乱は、伊達政宗が裏で糸を引いていたとも考えられています)。
当然、直義は南部藩の筆頭家老としての職責があるため盛岡から離れることはできず、実質的に清心尼一人で移動の段取りを整えねばなりません。
当然、家臣たちからは異論が続出します。