貞女は二夫にまみえず!陰謀から御家を守り抜いた戦国時代の女城主・清心尼(完) (2/4ページ)
しかし、直義は南部宗家の筆頭家老として盛岡に赴任して不在、相変わらず所領経営に奔走する清心尼たちに対して寛永四1627年、遠野への転封命令が下されます。
お国替えには、莫大な財政負担が伴う。「南部弥六郎入部の図」文政七1824年。
莫大な財政負担に加えて、遠野では旧主・阿曽沼(あそぬま)一族をはじめとする土着勢力の抵抗が続いており、また南方から仙台藩主の伊達政宗が、虎視眈々と領土拡大の隙を狙っています。
「父祖伝来の土地を離れて、そんな所へ行かされるのか!」
これまで数々の仕打ちもあって家臣たちの不満は頂点に達し、今や南部宗家に反旗を翻さんばかりに憤っていました。
「同じ謀叛を起こすなら……」しかし、清心尼は家臣たちを宥めて言います。
「……皆の気持ちは、わたくしとてよう判る。さりながら、婿殿(直義)は南部宗家の筆頭家老として愛(めご。清心尼の次女で直義の正室)らと共に盛岡にある……いわば人質じゃ。