織田信長に殺された悲劇の女城主「おつやの方」がたどった数奇な運命【上】 (4/4ページ)

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かくして岩村の女城主として東美濃を治めることとなった艶ですが、実質的には信長の傀儡(かいらい。操り人形)であり、また、東美濃が織田の勢力下に入ったとなれば、武田信玄も黙ってはいないでしょう。

ここに甲尾同盟は終わりを告げ、岩村城は織田・武田戦争の最前線として激闘が繰り広げられるのでした。

【続く】

参考文献:
加藤護一 編『恵那郡史』恵那郡教育会、大正十五1926年
川口素生『戦国軍師人名辞典』学研M文庫、平成二十一2009年
平山優『新編 武田二十四勝正伝』武田神社、平成二十一2009年

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