豊かなバリエーションと奥深い造形 お正月の風習「しめ飾り」の作り方 (1/3ページ)
2019年も残すところ1ヶ月。そろそろ年末年始に向けて準備を始めようと考えている人は多いだろう。
年末年始には、日本の伝統的な風習が見られることが多い。おせちや雑煮といった料理を食べ、家の中に鏡餅をお供えし、1月11日は鏡開きを行う。家の外でお正月らしさを感じるものといえば、軒先に飾られる門松やしめ飾りだ。
都市部の住宅街で門松を見かけることは少ないが、しめ飾りを玄関上やドアに飾っている家はマンションなどでも見受けられる。しめ飾りには多様な造形があり、大きさも様々。そもそもなぜしめ飾りが飾られることになったのか?
■しめ飾りの風習はいつから始まった? その意味は?そんなしめ飾りの歴史と技法を知ることができるなんともマニアックな一冊が『しめ飾り 造形とその技法』(ことほき、鈴木安一郎、安藤健浩著、誠文堂新光社刊)である。
まずはその歴史を簡単に説明しよう。
しめ飾りは、新たな1年の実りと幸をもたらす年神様を迎え入れるための飾りだ。今は家の玄関に飾られることが多いが、かつては居間や台所、納屋などにも飾られてきた。
その原型は神社の「しめ縄」で、内と外、浄と不浄といった対立する空間を分ける境界を示すものだった。歴史は古く、古事記の天照大御神の岩戸神話で原型を確認できるほか、万葉集の歌にも「標縄(しめなわ)」という言葉が出てくる。
お正月にしめ縄を用いはじめたのは、平安時代から中世にかけてという見解。ただ、装飾的な要素を備えた「しめ飾り」となると近世に入ってからのようだ。明治維新を経て近代に入ると、意匠を凝らしたしめ飾りが登場し、その多様化は第二次世界大戦後の高度経済成長期に大きく花開く。これは減反政策の影響が考えられ、食用の米作りを控える代わりに、しめ飾り用の稲を育て、しめ飾りを制作する農家が増え、時代も豪華なしめ飾りを求めるようになっていったという。
ただし、これらはあくまでも説の一つとして考えてほしい。