3月3日は曲水の宴?絵師・鈴木春信の代表作「風俗四季哥仙」から日本文化を探る!春信の魅力 その4【前編】 (2/4ページ)
けふといえば 岩間によとむ 盃を またぬそらさへ 花にゑふらん
六百番歌合:春149
(意訳)今日ばかりは岩間の流れに淀む盃が、溢れるのも待たず空さえも花に酔っているようだ
この和歌の出典元である“六百番歌合”とは、数ある歌合わせの中でも伝説的な歌合わせと言われています。六百番という規模自体が前代未聞であり、特筆すべきはこの歌合わせは歌道の名家“六条家”と、新興の“御子左家”という、歌壇の二大勢力の戦いの場であったことです。
万葉の昔から、高貴な人々の間では和歌のやり取りができなければ恋もできません。そのように教養を問われる和歌の出来不出来を競うのですから、これは真剣勝負の場でした。
この“歌合”には有名な事件がありました。「枯野」題をもとに左右に分かれて和歌を読んだ際に、右方の歌人が左方の歌の「草の原」という表現について、古臭いと評したところ、判者の藤原俊成の怒りに触れました。
俊成は『(“草の原”といえば源氏物語にあるだろう)源氏見ざる歌詠みは遺恨の事なり』(源氏物語を知らない歌人とは残念なことだ)と判じたのです。
この“六百番歌合”は鎌倉時代・建久3年(1192)に企画・出題され、翌4年秋に披露・評定されました。