長嶋、王、野村!プロ野球レジェンド「酒と女とスーパープレー」秘録 (2/3ページ)

日刊大衆

そこで、一本足打法の特訓をしていたわけです」(前同)

 ONのライバルだった“月見草”こと野村克也氏は、どうだったのか。

「ノムさんも、ミスターと同じく下戸の部類。ただ、オネーチャンは大好きで、クラブやラウンジに出入りしていました。これを危惧したサッチー(沙知代夫人・故人)は、目の届かない地方遠征の際は必ず、ナイターの前に講演会を2本入れていたそうです。ノムさんは、これをこなすのに必死で遊ぶ暇なんかなかった(笑)」(同)

■金田正一、張本勲、星野仙一は?

 10月に亡くなった金田正一氏は、豪快な人柄で知られた。ただ、こと野球に関しては真剣そのもの。繊細な顔を持っていた。

「国鉄のエースの座をつかんでも、決して慢心することはありませんでした。キャンプでは、チームと離れ一軒家を借りて自炊生活で体を作っていました。口癖は“脚で投げる”で、指宿(鹿児島)のキャンプでは、捕手の根来(広光)さんをおぶって、坂道を行ったり来たりしていましたね」(別の球界OB)ロッテの監督になった際も、選手に走り込みを厳命したため、「マラソン選手じゃない」とチームから不満が出たとか。

 その金田氏が弟のようにかわいがった張本勲氏は、やんちゃなエピソードに事欠かない。当人も自著(『張本勲もう一つの人生』新日本出版社)で、広島で過ごした中学、高校時代を、こう振り返っている。〈些細なことで、よくけんかをしていたのは事実です。それに広島はあの『仁義なき戦い』という映画の舞台になったところです。あのような人たちがなんだか格好よく見えて、よくまねをしてました〉

 張本氏は幼少期に右手を大火傷し、自由に動かすことができなくなった。プロ入り後、そのハンデを克服するために血のにじむ努力が必要だったようだ。

「長嶋、王、野村!プロ野球レジェンド「酒と女とスーパープレー」秘録」のページです。デイリーニュースオンラインは、野村克也王貞治星野仙一張本勲長嶋茂雄エンタメなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る