どんな恋愛だって、男女が50%ずつ責任を背負っている (2/2ページ)

ハウコレ



物理的に男と別れて、男のことを憎んでもいいし、恋愛に臆病になってもいいけれど、とにかくその「一瞬でも愛した男」を許すことができるまでが「恋愛の期間」なわけです。

許すことができたとき、きっと誰だって「わたしにも多少の非はあった」と思うでしょう。たとえ一瞬であったとしても、愛しあったふたりの関係において、どちらか片方だけに非があって、もう片方は100%クリーンですということはないはずです。あると言い張るなら、その人はきっとまだ恋愛の途中にいる、つまり許せていない、ということでしょう。■■人として

ひどい男の「ひどい」にも、程度があると思いますが、よく遊んでいるひどい男が出てくるテレビドラマの中で、その男が口にした言葉を最後に紹介しておきましょう。

「たとえひと晩であっても、おなじシーツにくるまった女のことを悪く言う男は最低だ」

このセリフを、「男」でも「女」でもなく、シンプルに「人として最低だ」と解釈したとき、恋愛における「許す」という意味がわかってくるのではないかと思います。

つまりどんなにひどい相手であったとしても、相手はあなたを映す鏡だということです。あなたが彼の行為を許さない限り、その苦しさは鏡に跳ね返ってあなたにのしかかってくるでしょう。「そんな鏡、いらない」と思ったところで、相手を許すまであなたの心の中には鏡があり、鏡に映っている人は消えないわけだから、許す以外どうにもできないのです。(ひとみしょう/ライター)

(ハウコレ編集部)

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