2022年大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の主人公・北条義時ってどんな武士だった?【上】 (2/3ページ)
「尼将軍」として知られる姉の北条政子(まさこ)や、頼朝公の舅として幕政に存在感を発揮した父の北条時政(ときまさ)、御成敗式目を定めた息子の北条泰時(やすとき)らに挟まれて今一つ影の薄い印象ですが、その人生は非常に興味深いものでした。
そこで今回は、あまり興味がなかった方向けに、北条義時の生涯とその見どころを、ざっくり紹介していきたいと思います。
真面目で優秀なんだけど……まず、北条義時が生きた時代は長寛元1163年~元仁元1224年。数えで62歳まで生きたから、当時(平安末~鎌倉初期)としては長生きした部類に入るでしょう。
伊豆国田方郡北条(現:静岡県伊豆の国市)を治めていた豪族・北条時政の次男として誕生、四番目の子供だった(長兄と姉二人がいた)ので四郎としたいところですが、父の通称・四郎とかぶらないよう小四郎と呼ばれていました。
幼少期の記録は不詳ですが、姉・政子が伊豆国へ流罪とされていた頼朝公と結婚したことによって、その運命が大きく変わったことは間違いないでしょう。
やがて元服して義時と改名、治承四1180年に頼朝公が反平家の兵を挙げるとそれに従軍、18歳で初陣を飾って以来、父や頼朝公と幾多の戦場で苦楽を共にします。