映像制作を手掛ける想い!株式会社レオナルズの代表・木村芳生氏の“映像”で“感動”を創る理念や理想が注目されている。 (2/5ページ)
―もちろんそこには、木村さんのDJとしての経験が十分に生かされたのですね。
木村:そうですね。勿論、球界初の男性場内アナだったわけですから、声の部分にもこだわりました。ディスコでの喋りそのままではダメなわけで、いかに自分らしい声で、しかも野球場との調和ということも考えて、あの「イッチロー、スッズーキー!」って言い回しが生まれた。あと、僕が特に力をいれたのがスタジアムで流れる音楽でした。
―確か、90年代のグリーンスタジアム(オリックスの本拠地)に流れる音楽は、明らかに他の野球場とは一線を画するものがありました。あと、選手の登場曲。あれも、オリックスが他球団先駆けて演出として取り入れましたが、木村さんがそれを大きく変えたと聞いています。
木村:選手ひとりひとりにヒアリングして、その選手の希望を聞きながらも、僕がそれぞれの選手に持つイメージで、僕なりに選曲したんです。当時のオリックス球団は、新しいことへのチャレンジに対して理解がありましたし、選手の皆さんも、協力的で。今のベイスターズとよく似ていました。
―音楽と言えば、木村さんは音楽プロデューサー、コンポーザーとしての側面もお持ちですね。
木村:オリックスの球団オフィシャル曲のアルバムも作らせていただきましたし、趣味の延長でコンポーズしたCDも出しています。いろんなアーティスト、ユニットに唄ってもらったりしてね。新しいものに取り組むということが、好きだったんですね。だから、様々なことに挑戦できた。それが、今の仕事に生きているとは思います。創り上げるものは変わってきましたが、そこへのアプローチの仕方だったり、仕事と向き合う際の信念は、今も昔と変わらないですね。