命令か友情か…相反するものの狭間に立たされた戦国武将・相良義陽の苦渋の決断 (4/4ページ)

Japaaan

島津義弘/Wikipediaより

最後に

誓いのために命すら惜しんだ義陽。友との誓いと従属した島津家との命令の狭間で苦しみぬいた答えが死だったというのは戦国時代なりの責任の取り方ではないかと思います。

死を持って最善の答えを見出した義陽は義に生きつつも、どこか不器用な人物だったと思ってしまいます。

参考:円道祥之『戦国友情伝~戦乱が結びつけた!?男と男~』

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