野村克也、長嶋茂雄…プロ野球名将たちの「伝説の采配」 (3/3ページ)
球界を代表する名将2人は、92、93年と2年連続で日本シリーズで激突している。「92年のシリーズは森西武の勝利。93年は野村ヤクルトが勝利しています。両年とも、第7戦までもつれ込む接戦。ファンから史上最高のシリーズと言われていますね」(専門誌記者)
野村監督はシリーズ前から、「4連勝で勝つ」など挑発を繰り返したが、対する森監督は沈黙を貫いた。「動の野村と静の森。結局、痛み分けに終わったところも感動的」(前同)
森監督は後年、「挑発に乗って動いたら、ノムさんの術中にハマっていた」と述懐している。
野村監督が現役時代に追い求めたのが、“巨人の二枚看板”長嶋茂雄と王貞治だったが、それは監督になってからも同じだった。
「ノムさんは長嶋監督の采配を“カンピュータ”と揶揄して挑発しましたが、長嶋監督は意外やデータを気にするタイプの人でした」(長嶋氏に近い人物)
そんなミスターの球史に残る名采配は、自ら「国民的行事」と呼んだ94年の10・8決戦。巨人と中日が同率で並び、勝ったほうがリーグ優勝という世紀の一戦だった。あの日、ミスターはミーティングで、こんな話をしたという。「ここは尾張名古屋。織田信長は、2千の兵で2万の今川義元の軍に勝った……。今日は勝つぞ!」
マスコミの下馬評はホームの中日有利。ミスターは、臆すなと喝を入れたわけだ。「采配もさえていました。先発の槙原寛己の調子がよくないと見るや、2回にすぐ途中交代。以後、斎藤雅樹、桑田真澄と“三本柱”を投入して、競り勝ったわけです」(当時を知る記者)
ミスターはあの日、勝つべくして勝ったのだ。
今シーズンも個性豊かな指揮官が集う。どんな名采配が飛び出すのか。この続きは現在発売中の『週刊大衆』3月16日号にて。