野村克也、長嶋茂雄…プロ野球名将たちの「伝説の采配」 (2/3ページ)

日刊大衆

「イチローに暴れられたら勝ちはないと考えたノムさんは、えげつない心理戦を仕掛けます。シリーズ前に記者を前に、“イチローより、広島の緒方(孝市)や野村謙二郎のほうが上や”とうそぶいてみせたんです。かと思えば一転、“あれほどの打者だから、自らマスクをかぶって勝負したい”とベタ褒め。イチローを揺さぶったんです」(前同)

 結果、イチローはシリーズを通じて5安打に抑えられ、ヤクルトが日本一に。「“舌戦”の一方で、ID野球も健在でした。イチローの苦手なコースを徹底的に攻めましたからね。“野球は頭でする”がモットーのノムさんの真骨頂を見たシリーズでしたね」(同)

■野村監督の好敵手、森祇晶監督

 同じく捕手出身で、野村監督の好敵手とされたのが、西武黄金時代を築いた森祇晶監督だ。「西武で9年間(86〜02年)監督を務め、リーグ優勝8回、日本一6回。これは巨人のV9に次ぐ大記録ですよ。ただ、森さんの野球はリードしていてもバントで1点を取りにいく“守りの野球”でしたね」(パ・リーグの古参スコアラー)

 そんな石橋を叩いて渡るタイプの森監督が、珍しく“冒険”したのがルーキー・清原和博の処遇だった。「コーチ陣は、1年目は二軍でじっくり育てるべきだと主張しましたが、森さんは“あれだけのスターだから大丈夫だ”と、1年目から清原をスタメンで使い続けたんです」(前同)

 その眼力は確かで、清原は高卒新人にして打率.304、31本塁打を放つ大活躍を見せ、球界を代表するスラッガーへと成長した。

「もう一人、伊東勤にも目をかけていましたね。伊東が入団したとき、森さんはバッテリーコーチでした。当時の西武は選手層が厚く、高卒の伊東がつけ入る隙などなかった。ですが、森さんは広岡達朗監督に“絶対にあいつを使うべき”と進言し、試合に出して経験を積ませたんです」(同)その伊東は、森監督の下、西武黄金期を支える名捕手となった。

 野村監督と森監督。

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