直木賞作家が書く 幕末の日本経済を支えた女商人とは (2/3ページ)
光と影のコントラストが強い人ですね。
――2015年に葉室麟さん(故人)にインタビューをさせていただいたのですが、葉室さんは当時、明治維新を総括する必要があると考えていて、そのための題材として明治維新を最初から最後まで経験した数少ない人物である西郷隆盛を選び『大獄 西郷青嵐賦』を書かれました。同じく明治維新を扱った小説として朝井さんのアプローチはユニークだと感じたのですが、なぜ商人を中心に据えたのでしょうか。
朝井:ひと言でいえば、人間関係の豊富さです。大浦慶は日本人だけでなく外国人とも交流がありましたから、小説で彼らの本音を引き出すことができます。また、大隈重信のように後に明治の元勲になるような人とも接点がありましたから、彼らの若い時代を描くこともできます。政治的な人間関係は各々の「志」があるだけに、いい意味で直線的になります。ですが大浦慶は政治的な人間ではない、まごうかたなき商人であったという解釈を私はしましたから、有象無象の関係が広がりました。思想・主義ではなく、これは欲得絡みの人間関係の凄みですね。
私も葉室さんとは生前親しくさせていただいていたのですが、幕末から明治維新、それから第二次世界大戦までを「近代として総括しないといけない」というお話をされていました。今回の小説を読んだら何とおっしゃったか……。たぶん、「朝井さんらしいね」と苦笑いされるかな(笑)。
――大浦慶の人間関係ですが、坂本龍馬や近藤長次郎とも接点があったんですね。龍馬はじめ海援隊の人々を彼女の商いの拠点だった大浦屋の敷地に入れて、風呂を使わせたり小遣いを懐に入れておいてやるといった描写がありましたが、これは本当にあったことなのでしょうか。
朝井:お金を貸したり、面倒を見たりしていたのは確かだと思います。彼らにはスポンサーが必要でしたし、当時のお慶は間違いなく長崎の大立者でしたから。小説には書きませんでしたが、大浦慶は龍馬の写真を持っていて、仏壇の中にしまっていました。だから、「二人は恋愛関係にあったんじゃないか」と推する人もいます。
――確かに、勘繰ってしまいますね。