直木賞作家が書く 幕末の日本経済を支えた女商人とは (3/3ページ)
朝井:ただ、私は違うと感じました。ですので小説では、龍馬は「ある理由」でお慶に自身の写真を渡したことにしました。
――現代の読者、特にビジネスマン層に訴求しやすいようにということなのかもしれませんが、幕末を書く小説は坂本龍馬や西郷隆盛といった英雄たちを「あるべきリーダー像」として打ち出そうという書き手側の思惑が感じとれることがあります。ただ、この小説はそうではないですね。
朝井:「この人のこういう部分、こういった事象が現代に通じる」といったことは、まったく意識せずに書いています。小説は読んでいただいて初めて完成するようなところがあって、読者一人ひとりが何をどう感じて、どんな像を結んでくれるか、書き手には未知数です。だからこそ書くことは面白いし、可能性がある。読者の受け取り方まで書き手が設定してしまうと、小説としてはトゥーマッチだと思っています。
私は「この主人公はここでどう考えるやろう?」とか、「ここでどう動く?」といったことを懸命に想像しながら、でも構えとしては絵画の写実のような筆の動かし方です。目に映る、そのままを掬い取っていきたい。彼女の人生を丹念に描くことで、あの時代の感情にも迫れるのではないかと思いました。
――ただ、やはり商人ですからビジネス的な要素はありますよね。彼女の家は代々油商人だったわけですが、この商いが先細りだと見て、たった一人で茶葉の交易に乗り出しました。いわば「新規事業」を立ち上げたわけで、その勇気には学ぶところがあると感じました。
朝井:勇気というか、やることが無茶苦茶ですよね(笑)。ただ、ある時期主な収益源だった商売が、安い商品が出てきたりすることで先細るという流れは幕末も今も変わりません。「何か新しい柱を」と考える人に対して、既得権益を持つ人が反対するという構図も同じですよね。
その反対を振り切って、世界とつながる仕事をした商人がいたという史実があるのです。大浦慶は未熟で無鉄砲で、周りはさぞ大変だっただろうという女性ですが、彼女はある時期、日本経済を確かに支えていました。
(聞き手・構成:山田洋介、写真:金井元貴)