朝井まかて『グッドバイ』を生んだ創作作法を明かす (3/3ページ)
普段、起きてから寝るまでずっと小説を書いているか資料を読んでいるかなんですけど、寝る前だけは自分の楽しみのための読書をしようと決めていて、チェーホフの短編集は必ず枕元に置いています。
――『苦海浄土』についてはいかがですか?
朝井:ご存じの通り水俣病について書かれた小説ですが、ところどころに当時の新聞記事だとか報告書の類が引用されているんですね。だから、こちらもレポートを読んでいる感覚で読むわけですが、ある時にはたと「これはフィクションなんだ」と気づく瞬間がある。ともかく描写が素晴らしいんです。公害や震災に対して何かを投げかける時に、情緒的に書くと本質から外れてしまうんじゃないかという恐れが私にはあるのですが、石牟礼さんは水俣の海がかつてどんな色をしていたか、水銀を飲んだ猫が狂い踊っている様子などを、苦しみながらですが情感を交えて書いています。
明治以降、近代化を推し進めた日本は、その矛盾、欺瞞を昭和という時代まで持ち越してしまいました。あの事件は歴史そのものを孕んでいます。小説家としてのありようや小説の使命のようなものが、あの小説の中にある気がしています。かつての水俣の海の美しさを、実際には見たことがないのに私はもう知っているんです。『苦界浄土』を通して。
――最後に、『グッドバイ』について朝井さんの読者の方々にメッセージをお願いいたします。
朝井:幕末という時代に、市井のいち女商人が確かに世界とつながっていた瞬間があったということを知っていただけたらうれしいです。彼女が当時見ていた景色を、幕末から明治にかけて日本と世界が持っていた感情を、ぜひ体験していただきたいです。
(インタビュー・記事/山田洋介、撮影/金井元貴)