志村けん、千鳥に伝えた真髄、オナラ3種類の訳…笑いに魂を売った男!

日刊大衆

志村けん、千鳥に伝えた真髄、オナラ3種類の訳…笑いに魂を売った男!

 3月29日午後11時10分、タレントの志村けんさんが新型コロナウイルスによる肺炎のため、東京都内の病院で亡くなった。70歳だった。

 4月1日に放送された志村さんの追悼番組『志村けんさん追悼特別番組 46年間笑いをありがとう』(フジテレビ系)は平均世帯視聴率が21.9%を記録、4月4日放送の『天才!志村どうぶつ園』(日本テレビ系)の特番「大好きな志村園長SP」は番組最高となる27.3%を記録。志村さんが世代を超えて愛されていたことがあらためて明らかになった。

 バラエティ番組構成作家は話す。

「志村さんは生涯、コントやお笑いを追求してきたことで知られています。あまり表立って真面目なお笑い論を話すことはありませんでしたが、今活躍しているお笑い芸人の多くが志村さんの影響を受けていることは間違いないでしょう」

 日本が誇る笑いの天才はたびたび『週刊大衆』に登場し、おもしろトークやお笑い論を披露してくれていた。

■お客さんの生の反応を知りたい

 志村さんは2006年からライフワークとも言える舞台『志村魂』を続けてきた。

「2016年8月、志村さんは『志村魂』について思いを語っています。もともとは50歳のときには舞台の構想はあったんですが、実際に舞台を始めたのは55歳から。その理由というのが『8時だョ!全員集合』(TBS系)の経験もあったんですが、お客さんの前に立たないと、ウケているかどうか分からないということだそうです。

 テレビ収録のようなスタジオではスタッフの反応しか分からないため、お客さんの生の反応を知りたい、楽しませたいという思いから舞台を始めたといいます」(芸能記者)

 志村さんは舞台の本番についても、「その日によって空気が違う。舞台に出た瞬間に違和感を感じることはよくある。そういうとき、いかにしてお客さんの呼吸を自分たちの呼吸に持ってくるか。自分たちのペースに持ち込まないと笑いも起きない。そういう意味でも日頃から、稽古で試しておくことは大切なんだよ」と舞台への思いを明かしている。

「細かい衣装や小道具についてもそうですし、オナラの音にしても3種類用意して、“これはちょっと水っぽいな”とか“これはカラッとし過ぎているな”とか(笑)。“大の大人たちが真剣にやりとりしている姿は、冷静に考えるとすげえ面白いよな”と、こだわりを語ることもありました。

 また、『志村魂』ではほとんどが志村さんのセリフで展開されます。膨大なセリフを覚える秘訣として“必死で覚えているんだよ。俺だって最初は覚えるのが苦手だったよ。だから、常に台本は読むようにしているんだ。台本も『お風呂用』から『トイレ用』、『車内用』と場所に合わせて用意しているんだよ”と、どこにいるときも台本を頭に入れていたと、舞台にかける情熱、やる気をうかがわせる場面もありました」(前同)

■生涯コメディアンを貫いた

 志村さんはコメンテーターとしてメディアに出ることなく、生涯コメディアンを貫いた。

 前出の芸能記者は話す。

「志村さんは“自分の体が動くうちは、やり続けたい”と言い、笑いをやるうえで必要な体力をつけるために、散歩や食事には気をつけていたようです。何歳まで続けたいかという質問をされた際には“そういう目標はないけど、死ぬときはやっぱり……腹上死かな”と、志村さんらしくジョークを交えて話していましたね(笑)」

 2018年8月には注目している若手芸人についても語っている。

 志村さんは「好きなんだよね、千鳥の漫才が。彼らのお笑いは職人芸なんだよ。タカアンドトシも俺は好きで、認めているね」と明かしている。

「千鳥の大悟(40)とは公私ともに仲がよく、深夜まで飲み歩いていました。また、タカアンドトシとは『天才!志村どうぶつ園』では長年共演していましたよね」(前同)

■千鳥とタカアンドトシの漫才は“本物志向”

 志村さんは千鳥の漫才について、「千鳥にもよく言っているんだけど、昔の本当に面白かった漫才師は、十八番のネタを必ず3~4個持っているんだよね。それはもう誰もが知っているネタで、お客さんもオチまで分かっているんだけど、何回見ても面白かったんだよね。片岡鶴太郎さんの“ぴーぴーぴよこちゃんじゃアヒルがガーガー”なんかも、まさにソレ。ご存じのネタなんだけど、お客さんは“待ってました!”とばかりに大喜びで笑う。それが芸なんだよね」と、千鳥も十八番のネタを持っていると賞賛。

「最近の若手芸人は、漫才も上手なんだけど、“新しいことをしよう、飽きられないようにしよう”みたいな気持ちが強い、それは結局、最終的に目指すところがMCだからと、持論を展開。その点、千鳥やタカアンドトシは自分の漫才にこだわっている本物志向だと褒め称えています。だからこそ志村さんは彼らと交流を続けていたようです」(前出の芸能記者)

 また、志村さんは関西のお笑いも好きで、「子どもの頃、大阪の喜劇役者・藤山寛美さんのファンだったから。ただ、漫才に関しては、テンポが速すぎる(笑)。俺なんか何を言っているのか聞き取れないときがあって、その辺はちょっとね。大阪の芸人さんでもうまい人は、ちゃんと、ゆっくりしゃべっても面白いんだよ」と語っている。

「志村さんがまだ若手のドリフターズ時代、大阪でコントをやるときには、不安もあったといいます。ドリフターズは大阪で広く受け入れられてきた漫才というお笑いではなかったですからね。ただ、大阪の人もコメディアンとしての“志村けん”を認めてくれていると感謝していたようです。

 ゆっくりと話す大阪の芸人は面白い、というのは、3月4日に放送された『志村けんのだいじょうぶだぁ 笑いで頑張れニッポンSP』(フジテレビ系)で共演して、志村さんがネタを見て大爆笑をしたミルクボーイのことが連想されますよね。志村さんは彼らのことも高く評価していたのだと思われます」(前出の芸能記者)

 自分のお笑いも、昔のお笑いも、若手のお笑いもしっかりチェックしていた志村さん。老若男女に受け入れられた“究極のお笑い”は、その努力から生まれていたのかもしれない――。

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