田中角栄「怒涛の戦後史」(22)元防首相・橋本龍太郎(上) (1/3ページ)

週刊実話

「小沢(一郎)は、ナタの魅力だ。黙々と仕事をして、やるときにはドスンと決断する。一方の橋本(龍太郎)は、カミソリだな。頭脳明敏、スパッという切れ味が魅力」

 田中角栄は、門下から逸材を輩出した。その関係の濃淡を別にすれば、首相に竹下登、羽田孜、小渕恵三、麻生太郎、鳩山由紀夫、そして橋本龍太郎と、じつに六人を送り出している。首相以外でも、小沢一郎、梶山静六、渡部恒三、野中広務など、政界の第一線で活躍した人材を多く育て上げたことが知られている。日本政治史の中で、そうした人物は一人としていない。

 特徴的なことは、そうした人材の中に「二世」が多く含まれていることであった。前出の面々で言えば、羽田、小渕、麻生、鳩山、橋本、小沢がそうである。

 背景は、門閥などまったくなしの叩き上げとして政界入りした田中が、「保守本流」の中軸たる吉田茂元首相の門下にもぐり込み、そこで多くの政治家との親交を得たことにある。その子息たちが前出の面々ということだった。田中の中には、そうした“由緒”に対する漠然とした憧れがあり、「二世」をかわいがった側面もあったと思われる。

 しかし、炯眼の田中は、そうした「二世」たちを決して猫かわいがりで育てたわけではない。その中で、将来、とくにこの国をけん引していく人物と睨んだのが、小沢と橋本の二人であった。冒頭の言葉は、田中のその“人物評”ということである。この二人について、小沢は手元に置いて政治を教えたが、橋本には自由な羽ばたきをさせた。

 そうした中で、案の定と言うべきか、橋本は田中が見抜いた明敏な頭脳と、そのうえで勉強家であること、筋が通らぬことは誰であっても譲らず反論するというケンカっ早さと鼻っ柱の強さで、早々と自民党に「橋本あり」を認知させていったのだった。

 陣笠代議士としての永田町での異名は「風切り龍太郎」で、由来は怖いものなしで、肩で風を切って歩く威勢のよさから来ていた。そのあたりのエピソードに関しては、往時の政治部記者の次のような証言がある。

「橋本が議員バッジをつけて間もなく、自民党本部の職員に組合がないことに気がつき、先輩議員に『今の社会で、これはおかしい』と食い下がったら、『キミ、余計なことは言わんでいいんだッ』と一喝された。

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