過去を消した女たち 第6回 ニン(40) 大きくなった息子に自分の過去を知られたくない… (1/2ページ)
かつて日本全国の歓楽街には、「じゃぱゆきさん」と呼ばれた、東南アジア出身の出稼ぎ女性たちが数多く働いていた。売春や夜の仕事などに従事する彼女たちが多くいた色街として知られているのは、横浜の黄金町や長野県佐久市の御代田などである。
しかし、今、それらの街を訪ねてみても、売春は行われていない。彼女たちがいた名残りとして、タイ料理屋が残っているぐらいだ。
今回、私が話を聞いたのは、タイ人のニン(40歳)。見た目は、30代前半といったところで、若々しい顔をしている。今から20年ほど前、長野や茨城のスナックで売春をしていた。
現在、彼女は茨城県に暮らしている。家から車で15分ほどの場所にあるタイ料理屋で話を聞いた。
店内では、近所に住んでいるタイ人女性だろうか、堂々とお金を賭けながらトランプに興じていた。
そもそもニンが日本に来たきっかけは、タイでは得られない現金を稼ぐためだった。
「お父さんとお母さんは、農業をやっていたんですけど、あんまりお金を稼げず、助けるために日本で働くことにしました。近所では、日本で働いた女の人が大きな家を建てていて、私も頑張って大きな家を建てたいと思ったんです」
彼女の出身地は、タイ北東部イサーン地方。タイ国内でも貧困地域として知られるところだ。日本ばかりでなく、バンコクのナイトクラブなどで働く女性たちの多くがここの出身である。
今では、観光ビザが簡単に取得でき、タイ人が来日することは何も難しくない。しかし、彼女が来日した20年ほど前は違った。
ニンが来日した2000年代初頭、私は横浜の黄金町でタイ人娼婦たちの取材をしていたのだが、裏金を積まずに入国できたタイ人女性には会ったことがない。彼女たちは、500万円ほどの借金をして観光ビザを取得し、来日していたのだ。
当然ながら、ニンも借金を背負って来日。日本に着いたその日から体を売った。
「それまでタイから出たことがなかったので、成田空港を出たら、寒いのにびっくりしました。だけど、すぐに仕事をさせられて、洋服を買いに行くまで寒くて死ぬかと思いました」
彼女が最初に働いた場所は長野県の高原地帯。