くるり『ハローグッバイ』でよみがえる“左斜め上の恋” (2/3ページ)
■何よりも尊い彼の意志
それからというもの、私は彼の一挙一動を観察するようになった。やはり私の目に狂いはなく、彼は他の男子とは一味違った。
まず、地元でも特に田舎の地域から入学してきた彼の一人称は「ワシ」だった。他の男子は皆「俺」と言うなかで、彼は「ワシ」を貫き通していた。
クラスの目立つグループと仲が良い割に、誰とでも分け隔てなく接し、休み時間は一人で過ごしていることも多かった。
その一人の過ごし方というのも、風変わりだった。
例えばある日は、釣り竿を持って来て、千円札を付けた釣り糸を教室から廊下に垂らして扉を閉める。廊下を歩いてくる生徒が千円札を拾おうとしたところでリールを巻く、といった独創的な遊びだった。釣られた生徒を見て彼はケラケラ笑っていた。
ある日、彼が女子との会話で「甲子園に行きたいから恋愛なんてする暇ないし彼女とかいらん」と言っているのを耳にした。
別に付き合えなくてもよかった。彼がその意志を貫くことの方が、ずっと尊いことのように思えた。
田舎の自称進学校。おとなしく先生の言うことを聞いて、校則で決まっているわけでもないのにみんな同じような靴下を履いて、みんな同じような髪型と眉毛の剃り方をして、色恋沙汰の話ばかりしている。そんな狭い世界では、彼の言動から感じられる主体性や独創性が、とてつもなく輝いて見えたのだった。
美術の授業で絵の具を貸した。数学のテストで彼の誕生日と同じ数字が出た。ロッカーに教科書を取りに行くタイミングが重なった時に、夏服の袖と袖が触れた。そんな些細な出来事を拾い集めていた。彼の出席番号までもが愛おしかった。
私たちがクラスメイト以上の関係に発展することも、彼が甲子園の土を踏むこともなく、やがて別れの日がやって来た。
彼は地元の大学に、私は東京の大学に進学し、当然疎遠になった。
■何でもないことを特別に感じる“恋”
『ハローグッバイ』を繰り返し聴いていると、ふと思った。
「斜め向かいのロッカー」は、何も特別なことではないのではないか。