縄文時代から続いていた天体観測!?日本のストーンヘンジ「岩屋岩陰遺跡」は縄文人たちの天文台? (1/2ページ)
イギリス南部・ソールズベリーにある巨立巨石群は、ストーンヘンジとして知られています。この巨石群、紀元前2500年ほど前には造られていたとされていますが、誰がどんな目的でどのようにして作られたのかということは、いまだにあきらかにされていません。
そんな不思議な遺跡ストーンヘンジによく似た遺跡が実は日本にも多く存在しています。そのうちのひとつが、温泉で知られる岐阜県下呂市の金山巨石群、岩屋岩陰遺跡です。
金山巨石群は岩屋ダムの下方にあり、奥深い山の中の狭い地域に、岩屋岩陰遺跡をはじめ、3つの遺跡が密集しています。岩屋岩陰遺跡群では、人の手によって、10メートル程の3つの巨岩を組み合わせ、なおかつかぶさるように存在する大岩の下方が斜めに大きく割られており、南の方角に向けて洞窟状の空間が広がっています。
また、岩屋岩陰遺跡近くには人工的に刻まれたとされる線刻のある巨岩含む7メートルほどの巨石群と、8メートルほどの岩が集まっている東の山巨石群が存在しています。
いずれの巨石群でも、夏至や冬至の頃には対応の光が独特の差し込み方をすることが判明していること、またここから縄文時代の遺物も多数発見されていることからこの巨石群を「縄文人たちが太陽の運行を調べ、暦を知るためにつくった天文台のようなものではなかったか」と考えている人たちも多くいます。
金山巨石群のうち、岩屋岩陰遺跡のすぐ下には、現在でも小さな祠がたっていますが、この金山巨石群の下には古くから岩屋神社、明治時代以前は、妙見神社と呼ばれていた神社もありました。「妙見」とは、北斗七星を神格化した存在を指し、天文に因んだ神様のこと。
