モンゴルに自由と統一を!日本人と共に民族独立を目指した悲劇の英雄・バボージャブの戦い【完】 (5/6ページ)
「者ども、かかれ!モンゴル騎兵の意地を見せてやれ!生きてウジムチンへ帰るんだ……っ!」
緒戦でこそ勝利したバボージャブ軍ですが、これは敵の罠。勢いに乗ったバボージャブが精鋭300騎を率いて突撃を敢行したところ、伏兵による機関銃掃射を受けてしまいます。
「モンゴル民族、万歳……っ!」
左肩に被弾したバボージャブは、あえなく戦死。時に民国五1916年10月8日、享年41歳でした。
エピローグ・受け継がれるモンゴル民族の大志バボージャブの戦死によって「第二次満蒙独立運動」は失敗に終わり、勤王師扶国軍の残党たちは散り散りになって命からがら逃げ延びて行きました。
「……そうですか。かねて覚悟はしていましたが……」
別ルートで帰還した川島浪速からバボージャブの戦死を告げられた妻は、子供たちと共に保護されます。
「バボージャブ将軍は、かのチンギス=ハーンの後裔に恥じぬ戦いをなされました。自分はその偉大なるご遺志を、ご子息たちにお伝えしたく思います」
川島浪速に引き取られた四人の遺児たちはみな軍人となり、モンゴル民族独立の大志を胸にモンゴル人民共和国(大モンゴル国の後継・共産国家)や満洲国(清国の末代皇帝・愛新覚羅溥儀による国家)で活躍するのですが、それはまた別の話。