「チン談マン談」特別対談「笑福亭鶴光×林家たい平」(2)銭のとれる噺家になれよ (1/3ページ)

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「チン談マン談」特別対談「笑福亭鶴光×林家たい平」(2)銭のとれる噺家になれよ

たい平 二つ目になって仕事がない頃、(林家)木久扇師匠(当時は木久蔵)の絵を描くお手伝いをしたことがあって。近くに木久蔵ラーメンの店があり、「昼と夜はそこで何を食べてもいいよ」って言われたんですけど、木久蔵ラーメンしかない。それだけが苦痛でしたね(笑)。「笑点」の地方収録の夜、バーで2人で飲んでて「師匠のライバルは誰なんですか」って聞いたら、「先月の売り上げ」。噺家は野球選手みたいにアベレージ(打率)は出ない。だから、先月より売り上げがあったということは、自分を必要としている人が増えたということだって。すごい哲学。

鶴光 (月の家)圓鏡師匠(のちに八代目橘家圓蔵)と飲んだ時、よく「銭のとれる噺家になれよ」て言うてた。

たい平 僕の師匠も「100席できるより、林家こん平にできるネタを3つ持っているほうがプロとして強いんだよ」って。

鶴光 美大から噺家になったんやね。

たい平 武蔵野美大に入って、落研の部屋をたまたまのぞいたら、先輩たちが廃部の相談をしていて。そのまま入ったんですけど、落語に興味があったわけじゃない。大学3年の夜、アパートで絵を描いている時にラジオから流れてきたのが、(五代目柳家)小さん師匠の「粗忽長屋」。大好きな星新一のショートショートみたいな世界があったもんで。それからですね。

鶴光 普通なら小さん師匠のとこ入門するやんか。どうしてこん平師匠に?

たい平 子供の頃から見ていた「笑点」で、いちばん端のオレンジの着物の人がチャラーンって、よくわかんないけど、すごいパワーだと思っていたんです。落語家になりたいと思った時に、爆笑王・三平師匠の弟子の林家一門は、みんながみんな、すごい自由に思えたんです。

鶴光 (林家)ペーさんもギターは弾けるしな。

たい平 大学を卒業して、こん平師匠の弟子になった時、親に反対されてお金もない。

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