大森荘蔵が主張した「立ち現れ一元論」から考える死者との関係性 (3/3ページ)

心に残る家族葬



「彼の思い出」がかろうじて今残されているのではなく、「思い出」の中に今彼自身が居るのであるー(大森荘蔵「流れとよどみ」より 「記憶について」)。

■大森荘蔵は物理学出身である

大森は詩人でもオカルト論者でもない、科学とは何かを問う物理学出身の科学哲学者である。自然科学は主観と外部の物質を二分し、物質の方だけを研究する二元論的な世界観に陥っていて、私たち自身を無視している。大森はそのような自分と世界を分けて考える方が間違っていると指摘した。

記憶を痕跡だとする考えも、記憶を自分とは切り離した外部とみる考えである。大森は外部など存在しない。世界は私も外もなく一つでありる。世界はそれそのものとして、私たち自身に立ち現れているとする「立ち現れ一元論」を提唱したのである。

■悲嘆を超えて

大森の徹底した二元論的世界観の否定は、亡き人とのつながりを復権することになる。亡き人とは他者であり外部の存在であるからだ。「『思い出』の中に今彼自身が居る」。この言葉は心に沁みるものがある。大森は「あの人は私たちの心の中に生きている」という叙情的な感情を、哲学的考察によって理論付けた。

立ち現れ一元論は常識からは外れた考えではあるが、理性的、論理的であることを求められる現代において、悲嘆を超えるヒントになるのではないかと思われる。

■参考資料と注意事項

大森荘蔵「流れとよどみ−哲学的断章−」(1981)産業図書

大森哲学は膨大な思想体系であり現在でもその後継者たちによって批判、展開されている。「立ち現れ一元論」も大森哲学では中期に位置されている。本稿はあくまでその一部を抜粋し、死者との関係というテーマに沿って解釈したに過ぎない。

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