《没後20年》長州、天龍、三沢…「7大名勝負」で振り返るジャンボ鶴田伝説 (3/4ページ)

Asagei Biz

無尽蔵のスタミナを誇る鶴田はニックの攻撃をしのぐと、ダブルアームとサイドの2種類のスープレックスなど大技を繰り出して大反撃。最後はバックドロップ・ホールドで完璧な3カウントを奪った。

 鶴田の快挙はベルト奪取だけでなく、世界王者としてアメリカに逆上陸したことだ。それまで馬場はNWA世界王者、アントニオ猪木はWWF(現WWE)王者になっているが、いずれも日本で奪取し、日本で奪回されているため、王者としてアメリカ本国のリングに立つことはなかった。

 しかし鶴田はAWA世界王者として日米を股にかけて防衛戦を行い、5月13日(くしくも命日)にミネソタ州セントポールでリック・マーテルに敗れるまで81日間在位し、16度の防衛に成功したのである。

 そんな鶴田が怪物的強さを発揮するのは、日本人対決に突入してからだ。

 85年1月、新日本を離脱した長州力らがジャパン・プロレスとして全日本マットに登場。猪木イズムを持つ長州との頂上対決は同年11月4日、大阪城ホールで実現した。

 鶴田がミュンヘン五輪のグレコ100キロ以上級代表なら、長州はフリー90キロ級の韓国代表。長州は1学年上の鶴田と同じプロレスの道を選んだことについて「鶴田さんが入ってやれているから、俺もなんとなく〝やれるのかな?〟って。だから意外と影響は大きいかもわかんない」と語る。対抗戦当時は「鶴田!」と呼び捨てにして激しい言葉を浴びせていた長州だが、素顔の長州にとって鶴田は「鶴田さん」なのだ。

 試合は鶴田が大きな体を利して長州の機動力を奪うという展開が50分経過まで続き、完全に鶴田ペース。

 長州は残り時間1分を切った段階で起死回生のジャーマン・スープレックスを放ったが、鶴田はクリアすると、残り10秒で逆エビ固めに入り、そのまま時間切れ引き分けに終わった。

 鶴田は時間切れを告げるゴングが鳴った瞬間に逆エビ固めを解いて「オーッ!」と両腕を突き上げて、引き分けにもかかわらず勝利を印象づけた。馬場の「時間切れになりそうな時は必ず攻めていろ。そうしたら引き分けでも勝ったように見える」という王道哲学を守ったのである。

 試合後、セコンドの渕正信に「飲みに行こうか!」と、ケロッとして言ったのは今も伝説になっている。

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