「そろそろ遺書用意しようかな」 アラフィフ女性が等身大の半生をストレートに書き綴る珠玉エッセイ (1/2ページ)

新刊JP

『ママ、遺書かきました』(幻冬舎刊)
『ママ、遺書かきました』(幻冬舎刊)

「人は、誰もが一冊は本を書くことができる」とはよく聞く言葉だが、いざ書き出そうとすると、何を書いていいのか分からないという人がほとんどではないだろうか。

しかし、書いていくうちに、自分の見てきたもの、経験したこと、悩んだこと、苦しんだこと、そして楽しかった記憶があふれ出てくる。そして、その豊かな時間を過ごした半生を通して、伝えたいことがたくさんあると気づくのだろう。

53歳。人生の折り返し地点に立っている波留雅子さんは、「書かないといられなかった」という衝動からエッセイを執筆し、一冊の本を上梓した。

執筆中、「何で書いてるんだろう?」と自問したという。その自問に対する答えは「書かないといられなかった」から。
そうして生まれたのが『ママ、遺書かきました』(幻冬舎刊)だ。

■50代になってから始まった「自分探し」の中で

本書はアラフィフ女性の等身大が詰まったエッセイ集。

目次を見ると、60個の四字熟語とその言葉に沿ったタイトルが並ぶ。そして、さまざまな四字熟語が織り成す珠玉のエッセイたちを通して、バブル時代に青春を過ごし、OLを経験し、家庭に入り、子育てにまい進してきた雅子さんの半生が書き綴られている。

父と姑を看取り、86歳の実母との暮らしを通し、少しずつ身近に感じてくる自分の「老い」と「死」。子どもが巣立っていった後の自分の人生に対する戸惑いもある。そんな思いを抱えた雅子さんが、「ママそろそろ遺書用意しようかな。みんなに長い手紙書こうかな」と言うと、「いいんじゃない。早く書いてね。楽しみにしてるよ」と雅子さんの娘さん。そうして書かれたのがこの本だ。

40代まではずっと自分の役割をこなすことに忙殺され続ける。それは家庭に入った人も、仕事をしている人も同じ。雅子さんは「ゆっくり自分の良さを生かした花を咲かせることは難しい」と振り返る。
しかし、50歳を超えて、家庭も仕事も一段落すると、自分自身やこれからについて考える余裕が出てくる。そのときに改めて「やりたいことって何だろう?」「自分ってどんな性格だっけ?」と自分探しを始めるのだ。

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