ブルーインパルスが見せた感謝と鎮魂

心に残る家族葬

ブルーインパルスが見せた感謝と鎮魂

空の彼方には天国がある。だから私たちは亡き人を想い、空を見上げる。そして彼らに見守られながら日々を生きていく。しかし閉塞する状況下において、空を見上げる時間は失われつつあった。

■2020年5月29日 ブルーインパルスが医療従事者への表敬飛行を行った

2020年5月29日の昼頃、航空自衛隊のアクロバットチーム「ブルーインパルス」が都心部を中心に飛行を行った。新型コロナウィルスとの戦いの最前線で働いている医療従事者たちへ感謝とエールを送るための表敬飛行である。この日は快晴で、鮮やかな6本の白いスモークが澄んだ青空に棚引いた。筆者の生活圏からも彼らの勇姿を見ることができたが、周囲の家の人たちも皆外に出て空を見上げていた。こういう光景は数カ月ぶりである。

■一部で批判の声も聞こえたブルーインパルスの表敬飛行

ブルーインパルスの飛行には称賛の声が上がる一方で、税金の無駄遣い、子供が戦闘機に憧れたらどうするなどの批判もあった(戦闘機ではないのだが)。それぞれ一理ある意見だが、洗練された技術というものは理屈抜きで見る者の心を奪う。空を舞う青い軌跡に医療従事者だけでなく、多くの人たちが拍手を送った。その中にはコロナウィルスの罹患者、それ以外の闘病中の人たち、閉塞した日々の毎日を懸命に生きている人たちもいたはずである。

■鎮魂や慰霊の意味も感じ取れたブルーインパルス

また、ブルーインパルスの飛行はそうした下界の人たちへのエールであると同時に、無念にも天上に昇った人たちへの鎮魂・慰霊の意味もあったのではないだろうか。ブルーインパルスが鎮魂・慰霊のために空を飛んだことはこれまで何度もあるからだ。

東日本大震災の鎮魂と慰霊、復興を願って開催された「東北六魂祭」(1)では、第3〜5回(2013〜15)にかけ、犠牲者への鎮魂の想いを込めて飛行を行った。桜の花を描く「さくら」、巨大なハートを描く「ビッグハート」などを披露し大きな歓声が上がったという。

また「青い鯉のぼりプロジェクト」という東松山市で毎年開催されるイベントがある(2)。青い鯉のぼりは子鯉を意味するという。震災のあった2011年に発足。天国にいる子供たちの鎮魂と、今を生きる世界中の子供達の平和を願い、無数の青い鯉のぼりを掲げるイベントだ。宮城県・松島基地に本拠を置くブルーインパルスは、2018年にこのプロジェクトに参加。天国にいる子供たちに見えるように空を泳ぐ青い鯉のぼりと、ブルーインパルスの青と青のコラボレーションが実現した。

(1)2017年から「東北絆まつり」に受け継がれた。
(2)青い鯉のぼりプロジェクト

■ブルーインパルスと鎮魂

空を飛ぶことがなぜ鎮魂になるのか。ブルーインパルスがスモークで描く絵は、花火に似ている。花火には鎮魂の意味もあった。

花火といえば夏である。「地獄の釜が開く」と言われる盆の時期、死者の霊の鎮魂・慰霊のために大輪の花を咲かせる。筆者の田舎(群馬県)でも奉納花火大会の際には鎮魂のための灯篭流しが行われていた。今でも各地の花火大会で灯籠を流す地域は少なくない。福島県・いわき市では、東日本大震災で犠牲になった人々を慰霊するため、震災の年から毎年8月16日に、「四倉鎮魂・復興花火大会」を開催されている(今年2020年はコロナウイルスのため中心)。

花火は祭りを彩る。そして祭りとは本来、神や霊を祀る宗教儀礼である。花火は送り盆の際に死者が彼岸に帰るための目印とも言われている。夜空に大輪の花を咲かせ、一瞬で消える刹那の美しさは生と死の美しさと儚さを思わざるをえない。ブルーインパルスの飛行もスモークの絵も花火のように儚く美しい。飛行技術を持たなかった時代、花火は私たちが最も空に近づける手段だった。それは空の彼方にいる死者の霊に近づける手段ということである。花火は私たちは元気だと彼らに伝えるメッセージでもあるのだろう。

■「空を見上げる」とは

空を見上げるとはどのような行為なのか。動物は空を見上げるだろうか。もちろん異変を感じれば見るだろう。しかし空そのものを意識することはあるだろうか。私たちも基本的には似たようなものだ。雲行きが怪しくなってきたり、冷たいものが降ってきてきたりした時以外、日々の生活の中で空を見上げることなどほとんどない。空には何も無いからだ。空を見上げても、金も食べ物も落ちていない。首が疲れて空腹になるだけだ。金も名誉も食べ物も、何もかも地上にある。空を見る必要などない。空を見るとは、そうした物質的な理由ではない。夕焼けに目を奪われるとき、流れる雲を眺めるとき、物思いに耽るとき、死者に想いを馳せるとき…など、人間だからこその精神的な理由によるものではないか。その心境に至るにはまず最低限の物質的要求が満たされていなければならない。つまり心に余裕があるときである。ステイホーム、外出自粛、テレワーク…テレビを点ければコロナの報道ばかりで世の中は閉塞していた。私たちは久しく余裕を失くし、空を見上げる機会を失っていた。空を彼方にいる彼らはさぞかし心配していたであろう。

■空への想い

「みんなが同じ空を見上げる、こういう企画っていいね」

ネットではこうした旨の声が多く挙がっていた。今回の表敬飛行の最大の意義は、久しぶりに皆が同じ空を見上げるということにあったと思う。未だ余談を許さない状況ではあるが、まずは私たちは空を見上げることができた。そして空の彼方には死者の霊がいる。いつか彼らのそばに昇る日まで、彼らに心配をかけるわけにはいかない。俯くよりも上を向いて歩いていきたい。

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