経営は主君にお任せ!年貢米だけを貰えた江戸時代のWin-Winシステム「蔵米知行」とは (2/3ページ)
また、逆に名君すぎて領民が主君よりも領主に懐いてしまい、やがて主君の権威や地位を脅かすリスクも否定できません(領主本人にそんなつもりはなくても、嫉妬や疑心暗鬼によって多くの悲劇が起きたのは、歴史が伝える通りです)。
良くも悪くも領主と領地・領民の距離が近すぎると、なかなか徳川家康の名?言「民は生かさぬよう、殺さぬよう」という絶妙な政治の匙加減は難しいもの……そこで考え出されたのが「蔵米知行」システムです。
主君の蔵から米を貰う、合理的でWin-Winな新システム例えば、主君がある家臣(山田某)に対して「知行五十石を与える」とします。
知行五十石を拝領した山田某だが、石高に合った体裁を整えるのに出費がかさみ、素直に喜びにくい(イメージ)。
従来(地方知行制)であれば、五十石(一石≒約150kg×50≒7.5t/年)の米が収穫できる(と見なされている)実際の土地が与えられ、山田某は現地に居住するか、遠隔地であれば代官を派遣することもあるでしょう。
これを蔵米知行システムでは「五十石分の米だけ与える」ように改正。山田某とすれば統治の手間も責任もなく、また豊凶に関係なく年貢(五十石分の米)が確実に手に入ります。
一方、主君とすれば自身の意図する政治施策が支配全域に適用でき、権力基盤を脅かされるリスクが少なく、お互いWin-Winと言えるでしょう。
もちろん、文書の上では五十石を知行している根拠として地名が記録されているものの、そこを治めている実感はほとんどなかったと考えられます。