新棋聖・藤井聡太17歳と加藤一二三80歳「永遠に続く」天才の絆 (2/3ページ)
■矢倉の重要性を読み切っていた加藤九段
加藤九段は藤井棋聖がプロ入りを果たした翌年の17年5月17日、東京・三越本店の『大黄金展』に出席した際に、
「藤井さんが、これから先、タイトルを取るか、大成するかということを、みなさん注目している。結論から言うと私も先手番矢倉(の戦法)で名人にもなり、500回ぐらい勝った人間。我々、将棋界のトップは先手の矢倉でトップに立っている」「藤井さんが、これから先、先手の矢倉を熟達するとタイトル取れます。これが無関心だったらば、いけません」
と、デビュー間もない少年にエールを送っていたわけが、この発言が今回、ものの見事に的中したことになる。
「加藤九段はデビュー戦からずっと藤井棋聖に注目していましたからね。今年の2月28日・3月6日号の『週刊ポスト』(小学館)では、藤井棋聖が加藤九段とデビュー戦を戦った後に、“おやつを取り出して食べたのを見て、その仕草が可愛らしいと思った”と述べたことに“14歳の少年棋士がわたくしの仕草を『可愛らしい』と表現したことに仰天しました。デビュー戦なのにすごい余裕です”と振り返っていました」(女性誌記者)
■神武以来の天才
加藤九段もまた、「神武以来(じんむこのかた)の天才」の異名を誇り、数多くの最年少記録を打ち立てた天才棋士だった。藤井棋聖が四段になったのは16年の14歳2か月だったのに対し、加藤九段は1954年に14歳7か月で四段となり、史上初の中学生棋士となった。その後、七段までの昇段最年少記録は、ほとんどが藤井棋聖が更新してきたが、五段の昇段だけは、加藤九段がいまだに“15歳3か月”で最年少記録を保持している(藤井棋聖は15歳6か月)。
「加藤九段は18歳3か月で八段に昇段しましたが、これもいまだに最年少記録。ちなみに九段昇段の最年少記録は、今回藤井棋聖と対局した渡辺2冠の21歳7か月。