北海道土産で有名な「鮭をくわえた木彫りの」は、スイスのお土産にヒントを得て作られた? (3/4ページ)
それから1~2年もすると、熊の彫刻は物置にいっぱい集まり、函館や札幌などで販売するとすぐ売り切れるほどの人気となりました。
その後徳川農場には「農民美術研究会」が発足し、「毛彫り」「面彫り」などが確立され、「八雲の木彫り熊」ブランドは北海道だけでなく、本州でも人気を博すようになっていきます。
徳川義親が木彫りの熊を八雲に持ち帰って広めようと考えた理由は、寒さが厳しく農業が行えない時期の北海道の村民たちの「副業」として現金収入に繋げたいと思ったことと、「木彫り」を農民たちに浸透させて生活文化的にも豊かにしたいと考えたことでした。
熊の彫刻の制作者の中には、教師の初任給くらい稼ぐ人も現れたといいますから、そのどちらも結果的には大成功をおさめたことになります。
ちなみに鮭をくわえた熊の彫刻は、第二次世界大戦後に旭川で作られるようになったものなのだそうですよ。