真夏の「キャンギャル」55年ヒストリー<田中広子>キリンビールの宣伝で全国の居酒屋巡り1年 (2/2ページ)

アサ芸プラス

あと、地方に行く際はホテルの部屋に1人で寝なきゃいけなくて、最初は「幽霊が出たらどうしよう‥‥」と怖くて眠れませんでしたが、徐々に慣れてどんなホテルでも1人で眠れるようになりました。

──1年後輩はシェイプUPガールズ・中島史恵ですが、交流は?

田中 私の時は、後輩への引き継ぎも仕事の一つでした。だから史恵ちゃんとは一緒に居酒屋に行き、一緒にカラオケを歌ったり、お客様を接待したりして。そこが、後輩が先輩の技を盗む場だったようです。

──当時のキャンギャルといえば、切れ込みの激しいハイレグ水着がトレードマークでした。

田中 あのハイレグ水着、実は卒業時にもらえるんです。だから、その後もけっこう着ていました。チューブトップなので、旅番組で温泉につかる時にバスタオル下に着るのに最適で(笑)。

──バスタオルの下がキャンギャルのハイレグ水着だったとは。

田中 意外と丈夫で、その後10年以上使える優れモノでしたね。

──卒業後、矢沢永吉主演の「アリよさらば」(94年、TBS系)にも出演。

田中 スタッフさんたちの緊張感がすごかったですね。私自身は「スターもカレー食べるんだ」なんて思って矢沢さんを遠くから眺めていました。

──一度は芸能活動をセーブしたものの、今は完全復帰のようですね。

田中 40歳で復帰しましたから、無謀ですよね。11年からFM西東京でラジオパーソナリティを担当しているのと、女優業がメインです。家でセリフの練習をすると、子供に「気持ち悪い!」と毒づかれますが、楽しい生活です。

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