東京都大田区大森の磐井神社の御神木であるイチョウに残る傷跡 (4/5ページ)

心に残る家族葬



もちろん我々には、イチョウの木の声は聞こえない。黒い「傷跡」も、「古い木だから、空襲に関係なく、よくあること」などと、全く目に入らない程度のものかもしれない。しかし冒頭で述べた、最新の3Dプリンター技術を用いるなどして、「きれいな状態」にすることができたとしても、イチョウの木を、空襲を受ける前の、伸びやかに天に向かっていた頃の無垢な状態に戻すことは、到底不可能なのだ。

■戦争を想像してみる

酷暑が予想されている今年の夏だが、もうすぐ8月15日の終戦記念日がやってくる。多くの犠牲を払い、あの戦争は終わった。そして日本は、目ざましい、奇跡的とも言える復興を遂げた。今現在、コロナウィルスの大流行が、我々にとって大きな脅威として立ち塞がっているとしても、いつ終わるともしれない戦争、そしてB29の来襲に怯え、死と隣り合わせであった当時の日本と、その時代を生きた人々の不安や恐怖を思うと、「大したことはない」かもしれない。だが、「今」を生きている自分が、もしも「あの頃」生きていたとしたら…。

■生き残ったものと死んでいったもの

日本全国には、磐井神社のイチョウの木のように、傷ついたまま75年を生きた木も、焼夷弾によって焼け落ちてしまった木も、数限りなく存在していたことだろう。たとえ磐井神社のイチョウの木が癒えることはないにしても、黒い「傷跡」を見て、我々は、自分が今生きていること、死んではいないことを強く意識し、逆に「死を思う」。戦後75年の大きな区切りを迎えた今だからこそ、生と死の「コインの裏表」というありよう。あの「傷跡」が突きつける過酷な現実を目にすることを、「生」も、そして「死」も、我々が無駄なものにしないためのいい機会にしたいものだ。
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