戦国時代、いかなる権力にも屈せず火炎の中に没した気骨の禅僧・快川紹喜の生涯 【その1】 (2/3ページ)
武田氏を滅亡させた直後に本能寺の変で自刃した織田 信忠(写真:wikipedia)
なかでも、信長と激しく敵対した六角義貞・三井寺の上福院・淡路大和守が恵林寺に匿われていることを知った信忠は、その身柄の引き渡しを要求します。
しかし、恵林寺は再三にわたりこれを拒否、3人の逃亡を助けたのです。
僧侶・児童など100人超えの人々を囲み火を放つ織田軍
織田氏の要請を拒否した恵林寺・三門(写真:wikipedia)
恵林寺の敵対行為に激怒した信長は信忠に命じ、恵林寺の僧侶をはじめ還俗、児童まで100人を超える人々を山門楼上に追いやり、兵で囲みます。
そのうえで、山門の周囲に枯れ草を積み上げ、無情にも火を放ったのです。
足元から立ち上る黒煙は、やがて真っ赤な炎となって、楼内の人々を襲いました。
充満する煙と、身を焦がす炎。