石原裕次郎&渡哲也ら、昭和の大スターの「泣ける友情」秘話 (2/2ページ)

日刊大衆

「ですが、日活の裕次郎、大映の勝新、東宝の三船敏郎(享年77)、東映の中村錦之助(享年64=のちの萬屋錦之介)ら各社の大物スターたちは、“夜の街”で交友関係を深めていたんです」(芸能記者)

 芸能リポーターの石川敏男氏が、裕次郎と勝新の秘話を明かす。「大病を克服した裕次郎さんがハワイで静養していたとき、勝新さんは、“お見舞い”と称して現地で合流したんです」

 そこで、ヤンチャな2人らしい行動をしたという。

「病み上がりの裕次郎さんはタバコを吸ったら、まき子夫人に怒られる。だから勝新さんは、裕次郎さんの別荘から少し離れた植え込みのところに、あらかじめタバコを隠していた。それで、まき子さんに手ぶらであることをアピールしてから、外に出て2人で、そのタバコをおいしそうに吸った……なんてことがありました」(前同)

高倉健北大路欣也

 また、他社スターとの交流は、映画製作者としての裕次郎の背中を押した。

「同じ頃『三船プロダクション』を設立した三船敏郎とタッグを組んで、超大作『黒部の太陽』(68年)を製作するんです」(前出の記者)

 五社協定の枠を超えた映画製作にはさまざまな障壁があったものの、この作品の大ヒットで映画界に大きな風穴が空いたのだ。

 一方、東映の金看板・高倉健(享年83)は酒を飲まず、銀座で豪遊するタイプではなかった。そんな健さんを尊敬する俳優は多く、前出の石川氏は、北大路欣也(77)も、その一人だと証言する。

「あとで欣也さんに聞いた話だけど、2人はよく自宅を行き来する仲だったらしく、あるとき、健さんが欣也さんの家に行くことになったそうなんです」

 欣也は今か今かと待っていたというが……。

「きれい好きの健さんが家に入るなり、“汚ったねえ部屋だなあ。おまえ、いつもこんなところに住んでいるのか?”と呆れて言ったそうです。それに対し欣也さんは“ええ、まあ、そうですよ”“慣れるもんですよ”と答えたとか」(前同)

 親しい関係がにじみ出てくるやりとりではないか。

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