精神保健福祉士が考えるキューブラー・ロスの死の受容モデル (2/2ページ)

心に残る家族葬

きっと、死への過程にいる人は自分にすら振り回され、その傍にいる人はその姿に困惑することであろう。

■死の取り扱いには非常に繊細さが求められる

筆者は精神科病院や福祉施設での精神科ソーシャルワーカーとしての経験がある。どんな場でも、死ぬことに関しては積極的に話される事柄ではなく、いくら慎重に言葉を選んでも、その発言の是非を評価することは難しいとされていた。ましてや実際に死が近い人に関する報告や亡くなったという報告がされたときにはなおさらである。

■死を学ぶ姿勢が重要

死は、誰も経験したことがなく、キューブラー・ロスのように何人もの人の死を傍で見てきた人であっても、この5段階には個人差があり、5段階の通りにその過程が進まないことを認めている。それでも「死ぬ瞬間」を理解する必要は、死への過程にいる人の言動が人格や本性までをも揺らがすものではないことを知ることにある。

自ら望んで怒りの感情を振り回し、抑うつ状態に陥るわけではないだろう。死という得体が知れないにも関わらず逃れることができない恐怖がそうさせている。まずはその本質を知ることが重要だ。

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