ソロで生きるとは、水のように生きること (3/4ページ)
上司が部下を飲みに誘うことすら遠慮しないといけない状態です。
☆家族コミュニティ
そして、最後に残った家族というコミュニティも、未婚化によってそもそも作られなくなっています。作られたとしても、「3組に1組は離婚する」ともいわれるように、30%は壊れます。
このようにかつての強固な安心を形成していたコミュニティは全て崩壊・消滅しつつあります。
■「水の社会」におけるコミュニティの在り方とは
では、コミュニティというものが全て瓦解してしまうのでしょうか?
そうではありません。コミュニティが無くなるのではなく、「水の社会」の中で、コミュニティの在り様が変わるのです。
コミュニティとは所属するものではなく、接続するコミュニティへと位置付けが変わります。
◇「所属するコミュニティ」から「接続するコミュニティ」へ
かつての家族、地域、職場は「所属するコミュニティ」でした。しかし、これからは、枠の中に自分を置いて群れの一員になるのではなく、個人と個人とがさまざまな形で、必要に応じてゆるやかに接続する形になっていくと思います。
趣味のコミュニティなら、趣味の活動をする時だけそのメンバーと接続する。自己研鑽や学びなら、そういう場合だけ協力し合う。場面に応じて、柔軟に接続するコミュニティを組み替えていくイメージです。
その時、コミュニティとは、囲いではなく点となります。まるで、ニューロンネットワークにおけるシナプスのような役割を果たすのです。
居場所が重要なのではなく、あくまで人と接続するための接続点としての役割がコミュニティには求められます。
居場所が無くなると不安になるでしょうか? しかし、逆に考えると、今までの「所属するコミュニティ」の考え方では、「コミュニティの消滅=自分自身を見失うこと」にもなりかねません。