保科有里 作曲家・三木たかしの元での修行時代とは? (1/2ページ)

アサ芸プラス

保科有里 作曲家・三木たかしの元での修行時代とは?

テリー それがどうしてデビューするんですか。

保科 金沢で年に一回、(作曲家の)三木たかし先生のファンの集いがありまして、私もテレサ・テンさんが好きだったので、お顔を拝見したいなと思って参加したんです。

テリー あぁ。「つぐない」とか「時の流れに身をまかせ」とか、テレサ・テンの有名な曲はみんな三木さんの作曲だから。

保科 そうですね。それで、その会でちょっと三木先生に歌を聴いていただいた時に、すごく的確なアドバイスをいただいたんです。テクニック的なことではなく、心に響くような言葉だったんですけど。それで、「もっと三木先生のところで歌を勉強したいな」と思って、東京へ行くことにしたんです。

テリー それが27歳の時?かなり大きな決断ですよね。

保科 でも、最初は1年ぐらい勉強したら金沢に帰るつもりで、別にプロになりたいと思っていたわけじゃないんです。それで3年間、三木先生のカバン持ちと運転手をしながら「とにかく感性を磨きなさい」ということで、レコーディングの現場だとか、いろんな場所に連れて行っていただいて。

テリー まぁ、いわゆる下積みというか修業期間ですよね。

保科 そうですね。それで2年半ぐらいたった頃に、三木先生が「僕が曲を作るから、レコード会社に持っていきましょう。それでダメだったら金沢に帰りなさい」と。

テリー 才能を認められたってことですよね。

保科 いえいえ。そんなふうにデビューして28年、崖っぷちを歩きながら、なんとかやってきた感じです。

テリー もう28年になるんですね。そういえば、僕、びっくりしたんですけど。

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