打倒!織田信長に西国を放浪。室町幕府最後の将軍「足利義昭」の執念【後編】 (1/2ページ)

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打倒!織田信長に西国を放浪。室町幕府最後の将軍「足利義昭」の執念【後編】

信長と共に上洛を果たし室町幕府15代将軍の座についた「足利義昭」。しかし、2人の関係性には徐々に亀裂が入り最終的には敵対するに至る。【後編】では決別後の義昭と信長の関係性をご紹介する。

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打倒!織田信長に西国を放浪。室町幕府最後の将軍「足利義昭」の執念【前編】

打倒!織田信長に西国を放浪。室町幕府最後の将軍「足利義昭」の執念【中編】

義昭の挙兵

三方ヶ原での大敗によって勢いづいた反信長勢力に加担する形で挙兵した義昭。
1573年。形勢不利と見た信長は、義昭に対して和睦の要請を申し出るが義昭はこれを拒否した。信長は義昭追討の兵を挙げ京都に侵攻するが、天皇の勅命で和睦している。

この時期の信長は四方を敵に囲まれて抜き差しならない状況であり(第二次信長包囲網)、反信長勢力にとっては信長を討つ絶好の機会であった。

槙島城の戦い

しかし、信長にとって脅威である甲斐国の「武田信玄」が1573年の4月に死亡すると潮目が変わり始める。

義昭は約3ヶ月後に和睦を反古にして再挙兵し京都の槙島城に籠る。

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